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2015年4月30日 (木)

友を悼む

堺に住む彼女を訪ねて駅におりた時、迎えに来ていたその人の薄いブルーのワンピース姿は、まるで少女のようでした。その時の軽やかで明るい笑顔は、今でも印象に残っています。

 

もう14年位前のことになりますが、私の中のきくちゃんは、あのときのままでずっといるような気がします。

 

正観さんを通じて友人になったのですが、出会いは2000年5月の屋久島でした。個性的な発言などで、最初は近寄りがたい印象だったのに、次のシルクロードへの10月の旅で仲良くなりました。

 

「中国へは、ずっと行きたかった」そう言って彼女は、いつも嬉しそうに笑っていました。

 

その時に正観さんと私と3人で写した写真がありますが、その中の2人はもういないのです。

Img_0197

少し前に読んだ天童荒太さんの「静人日記・悼む人2」にも書いてありましたが、亡くなった方を悼むには、その人がどれだけの方に愛されたか、愛したか、喜ばれたか、喜んだか、そういうことを思い出すこと。

 

不思議と彼女のことを思い出しても辛くありません。もちろん、彼女がいないことは残念で、京都へ行く楽しみが半減してしまいましたが、思い出が重くないのです。

 

きっと、す~っと逝ってしまったからだと思います。

 

昨年3月末に会いに行ったのが最後でした。堺の病院の明るい部屋で窓に面したベッドに横たわる彼女と約束していた「お花見」を実行。

桜の花は尾道の友人が持ってきて活けてくれました。

Imag2016

 

まだしっかりしていた彼女と結構長く話しました。亡くなる5日前にお見舞いに行った方から聞いても、彼女はその頃もしっかり話せていたようでした。

 

「やりたいことはやったから、思い残すことはない」というその言葉通りだったから、す~っと逝けたのだと思います。

 

正観さんとの関わりの中でも、彼女は一番逸話が多いのではないでしょうか?正観さんも、「いろいろありましたが、彼女がずっと付いてきてくれて嬉しいです」と言われていました。

 

あなたと出会って、15年のお付き合いが出来たことに感謝いたします。

 

きくちゃん、私があなたのいるところへ逝った時は、また軽やかに明るい笑顔で迎えてくださいね。

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