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2015年5月

2015年5月27日 (水)

手間だけ

22日に収穫したドクダミは、晴天続きのお陰で本日完成しました。

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           ジプロックの大に3袋、スギナの1度目も1袋完成!


アマゾンで乾燥剤も注文しましたし、2回目も順調に出来上がりを待つだけ。

ドクダミも自然に生えてて、材料費はいらなくて、手間をかけるだけで、出来上がります。

手間は、たしかにかかります。

摘む・洗う・干す・カットするなどですが、少しずつ作ればそんなに大した手間ではありません。

洗う時の水道代とジプロックと乾燥剤がかかりますが、微々たるものですし、国産無農薬ドクダミ茶って買うと結構値段が高いことを知りました。


「体と土とは一つである」とし、人間が足で歩ける身近なところ(三里四方、四里四方)で育ったものを食べ、生活するのがよいとする考え方の「身土不二」からも、住んでいるところのすぐ近くで採集したドクダミなので、私の身体さんにはピッタシいいということですね。

桑の実を食べて、ドクダミ茶を飲んでいたら、この夏も元気に乗り切れそうな気がしてきました。





2015年5月26日 (火)

クーラー入れました

今日の午後、来店された方と話していましたが暑い!ついにクーラー入れました。福岡市は気温が29度まであがったようです。

まだ5月ですよね?

まあ、自然のなす事に文句など言えませんし、暑ければクーラーつけたりしたて対処は出来ますからね。

東京では25℃以上の夏日が、観測史上最も多い5月になり、明治以降で最も暑い5月になっているそうです。

一方で、7月や8月は暑さが続かない可能性があるという予報もあり、お天気や自然環境が、今までとは違ってきて想定しにくくなっているようです。

噴火や地震などの自然現象も活発な時期になってきようですね。


晴天が続いているおかげで、1度目に収穫したドクダミは乾燥して出来上がり。

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今日は2度目のドクダミ収穫                            
なぜかスギナもたくさん生えてきて                      

Img_1372                    まだ続いている桑の実の収穫


私の好きな本「西の魔女が死んだ」は映画にもなりましたが、シャーリー・マクレーンさんの娘のサチ・パーカーさんが演じたおばあちゃん役が素敵です。

フェースブックに「西の魔女・おばあちゃんの家」があったので、見てみると。

2008年の映画「西の魔女が死んだ」公開と同時に皆様に愛されてまいりました映画ロケセット「西の魔女・おばあちゃんの家」。

2014年5月6日をもちまして、「西の魔女・おばあちゃんの家」の一般公開がすべて終了いたしました。

山梨県清里高原にあるロケセットが保存されて公開されていたんですね。

あの映画を見て私も、あのようなひとり暮らしに少し憧れました。庭には鶏を飼って、野菜や花を作って、自然の中で静かに暮らす、、、。

けれども思い出しました。光楽園で鶏を飼っていたけれど蛇やイタチがやって来て、酷いありさまになったことを。

山中に一人で暮らすには、メンタルも身体も強くなくては難しいかも。

まあ、今の暮らしに満足していますので、山の中に入ることもないですね。

天気予報は明日も暑くなるとのこと、ドクダミ茶を飲んで元気に過ごしましょう。





2015年5月24日 (日)

雨の予報が

天気予報では雨のはずが、外れて晴れた日曜日の朝です。

今日、福岡市内の多くの小学校は運動会で、近くの小学校からも、にぎやかに放送が流れていました。

晴れていたので、昨夜から来ているマゴッチ妹と畑で桑の実の収穫をしました。この子も兄も、桑の実が大好きで「毎日届けて」というリクエストがあるほど。

今どき、桑の実をおやつに食べる子は珍しいかもしれませんが、おかげで今年は果実酒にまわす分が少なくてすみました。

 

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         桑の実が終わってしばらくすると隣のブルーベリーが実ります。

  

  もうしばらく収穫出来る桑の実      ドクダミも刈り取らなきゃですね

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2015年5月22日 (金)

笑ってるよね

どう見ても笑っているとしか思えないミニがま口さん達です。
口金をカチカチ言わせながら「アハハハ~」ってね。

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同じ型紙で作ったのに、どうして同じものが無いのか?これが手作りの良さ?

ありがとうがいっぱいのミニがま口さんは、小銭入れはもちろんですが、薬・目薬入れ、アクセサリー入れ、メモリーカード入れなどなど多用途に使えます。

記念になる第10回目の「ありがとうお礼参り」で、皆さんにお目見えするのを楽しみにしています!

今日は目打ちで親指を刺してしまったミセスくれいんですが、めげずに作り続けますことよ。

いくつ作れるかは、、、根気次第ということになります。

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2015年5月21日 (木)

嬉しいね

お客様のご来店があると嬉しいのですが、ここんとこ、珍しい方や初めての方、毎日午前午後にお客様が来られます。

お店なんだから当然でしょと思われるかもしれませんが、ノーゲスト(ご来店がない)の日だって多々あります。

ノーゲストでも、私はパソコンをしてたり、チクチクと縫い物をしているので、暇なわけではありません。

でもやはりお店ですから、ご来店があるのは嬉しいのです。

昨日の午前中の方は超ユニークで、例えれば沖縄の上里さんとしか言いようがありませんね。

今日の午前中は曜日石のブレスをオーダーしたいという方が、前に買われた方のご紹介でご来店。

これまた嬉しくなっちゃうよね。

私はモノ作りが好きなので、ご注文いただくと作れるので嬉しい!

今現在、セッセと作っているのが「ミニがま口」です。
6月30日の伊勢のお礼参りの時に販売させていただきますが、とても可愛いですよ。

ありがとうの文字の入っているニット地で色はブルー・ピンク・黄色・グレーなどです。

小銭だけでなく、旅行の時にアクセサリーを入れたり、薬や目薬を入れたりできて、使い道はあなた次第です。

画像は明日掲載しますね。






2015年5月19日 (火)

お久しぶりですね

お昼前に来られたAさんとは、ほんとに久しぶりにお会いしました。

「この頃、正観さんの夢をよく見るのよ」
Aさんは笑いながらそう言われました。

午後から大橋のSさんの所へ行くので、その前にくれいん舎へ寄ってくださったのです。

Aさんはカウンセラーをされているので、私が今読んでいる「モラル・ハラスメント」(以下モラハラ)のことを質問すると彼女の考えを伝えてくれました。

相談に来る方の中にも、DV(ドメスティックバイオレンス)を受けている方がいるようです。

そして、DVと同時にモラハラを受けていることも多々あるようです。


「あなたのため」「仲良くしよう」「人間は皆同じ」は、すべて嘘とまで言い切っている加藤諦三さんの「モラル・ハラスメントの心理構造~見せかけの愛で相手を苦しめる人~」と香山リカさんの「知らずに他人を傷つける人たち~モラル・ハラスメントという大人のいじめ」の2冊を以前買い求めていて、読まずにツンドクしていました。

ここんとこ、ちょっと気になることがあって読みだしたのです。

Aさんは、専門家なので詳しいのですが、モラハラという言葉ができたことで、ややこしくなったところもあると言われていました。

「もっ手帳」を買い正観さんの「エピソード集」の予約をして、AさんはSさんの所へ向かわれました。

Aさん、よく来てくださいました。ありがとうございます。
娘さんがお産のために里帰りされるそうで、初孫の誕生をとても楽しみにしていらっしやいました。

どうぞ、またお出かけくださいね。








2015年5月17日 (日)

運動会とコンサート

本日はマゴッチ兄の中学初の運動会、娘からお誘いがありましたので、行くことにしました。

中学校の運動会って親が来る?

私達年代にはなかったことなのですが、今どきは中学どころか高校でも親が行くらしいのです。

運動場の半分に父兄用のテントが張ってありました。

私にマゴッチは2人だけですから、せいぜい楽しませていただきましょう。

お昼のお弁当を食べて部活の行進を見てから、次の予定のピアノコンサートへ移動しました。

杉谷昭子さんのピアノは久しぶりでしたが、さすがでございます。

高齢になられても独特の表現力は衰えることなく、楽しませていただきました。

開催してくださった福本幸子さんに感謝します。

幸子さんのユーオン芸育社さんはこちらから





2015年5月16日 (土)

イベントの季節

今日は天神で開催されている北海道フェアに行ってみました。
4回目だそうですが、大勢の人で賑わっていました。

北海道には美味しいものがたくさんありますが、今回はラムを選んでみました。
予想通り、満足させていただけましたよ。

会場はアクロスの横の天神中央公園ですが、そこへ行く途中の市役所前ふれあい広場では、ベルギービールウィークエンドというイベントも開催されていて、ここも混んでいました。

今日の気温は18度と低めでしたが、これからは屋外のイベントにぴったりの季節になりますね。

それから、護国神社の蚤の市にも寄って帰りました。
友人に教えてもらったお店は発見できませんでしたが、トルコアイスを食べて、お参りして来ました。

明日は、「運動会~ピアノコンサート~温泉」というコースが組まれていますが、朝が早いので、そろそろ寝ます。

マゴッチ妹が昨日から来ていて、スヤスヤと軽い寝息をたてています。










2015年5月14日 (木)

5月の読書会~2000年の思い出~

13日の読書会は「幸せの宇宙構造」、集まられたみなさんに、ちょうどよい本だったようです。
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正観さんを囲んでのクリスマス会が田主丸の日月窯さんで開催された日(12/25)に発売されました

そんなに大勢の集まりではなかったのですが、この本とCD「ありがとう21」の発売が重なったこともあり、印象に残っています。

※CD「ありがとう21」は前日の24日(2000/12/24)の発売だったと思います。

残念ながら「うたし日記」は2002年からなので、その時のことは書いていません。

外は寒い冬の夜でしたが、なぜか「日月窯」さんの土間が暖かく感じました。

その頃の正観さんは、友人の家を訪ねてお話をされて、その家に泊まられることもありました。

福岡の「日月窯」さんや「野の花」さんを訪れるのは、とても楽しみにされていました。

福岡は正観さんに言わせれば「おトイレ・音入れ」の場所らしくて、おトイレの話も福岡から始められたようですし、初めてのCDを作るきっかけになったのは、福岡で開催された52才の誕生日でした。

最初は音楽CD「ありがとう21」で、その後の講演会CD「天才たちの共通項」や正観さんが光楽園で録音された音楽CDは、全て「音入(おといれ)の男」※と正観さんに呼ばれていたAさんの手になるものでした。

※「音入の男」Aさんは、佐賀県三養基郡基山町の方です。

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画像をクリックするとショッピングバスケットの詳細が見れます。


11年前に作られた「天才たちの共通項」のCDは、正観さんがご存命の時に出た唯一の講演会CDです。

「天才たちの共通項」は新しくなって再版される予定と聞きましたので、その日を楽しみに待っています。

「ありがとう21」は、私が九州ボンテンにいる時に担当して出来たCDですので、思い出も数々あります。

2000年の11月9日、正観さんの52才のお誕生会を福岡で開催させていただいた時、なぜか音楽関係者(クラシック系ですが)が結構いて、正観さんが「このメンバーだとCDが作れますね」と冗談のように話されたのですが、そういうシナリオだったせいでしょうか、驚くようなスピードでCDは出来上がりました。

CDをプレスしてくれるところを電話帳で探したことも、懐かしく思い出されますし、寝ていた所に電話があり、飛び起きて、博多駅へ音源を受け取りに行ったこともありました。今思えば、若かったね~。(^^)

正観さんがいろんなことをされるので、それにつれて私も様々な体験をすることができました。おかげさまで体験値が高まったことに感謝しています。m(__)m

一介の主婦では体験できないようなことばかりでしたが、「やってみないとできないかどうか分からないでしょと」いう体験重視で好奇心旺盛な私でしたから、頼まれたことはさせていただきました。

多い時は月の内、3回位旅に出ていて、その中には10日間くらいの海外もありましたから、夫さんもたまったもんじゃなかったでしょうに、なぜか文句の一つも言われませんでした。(出来た夫さんには感謝です)m(__)m


今夜はグレゴリオ聖歌を聞きながら書いています。



2015年5月13日 (水)

違う歌になる?

先日、ポルノグラフィティのという曲を和田アキ子さんの歌で聞きましたが、独特のリズムと東洋的とも思える旋律に心惹かれました。和田さんの歌はユーチューブにはなかったね。

サウダージ


そういえば、中森明菜さんが尾崎豊さんのI LOVE YUOを歌っているのを聞いて、なんていい歌なんだと思いました。


徳永英明さんの歌う「さよならの向う側」から、百恵ちゃんのを改めて聞きなおすとか。


それで、この3曲をカラオケで歌えるようになろうという野心を持ちましたが、さて歌えるのかどうかは??

他の人が歌うことで、本人バージョンでは気づかなかった良さを気付くことってあるのですね。

上手く歌えなくても歌いたい気分です

友人を誘って久しぶりにカラオケ行こうかな~。





2015年5月11日 (月)

5月の別れ

叔父(父の弟)が亡くなって、今日は葬儀でした。

2日が友人の葬儀でしたから、5月の別れが重なりました。

5月の別れ

伯父は90才まで生きると言っていたそうですが、
87才で亡くなりました。

町医者として亡くなる2ヶ月前まで診療していました。

晩年は自分自身もガンになりましたが、その都度回復して仕事を続けていました。

相思相愛で結婚した叔母と、最後まで仲良く連れ添い、叔母に見送られたことは伯父にとって、とても幸せなことだと思いました。

叔父は鳥取県の境港の出身ですが、叔母の実家のある北九州で開業し、叔母の親類たちと仲良く付き合いながら、地域のホームドクターとして生涯を終えました。

叔父の姉(父の妹)も北九州に住んでいて、私は小学校3年生まで、その叔母と同じ屋敷内に住んでいました。

叔母は私を可愛がってくれましたので、いつも叔母の後をついてまわっていたのを覚えています。

父が亡くなり、母の実家のある境港市で高校1年生まで過ごして、2年生から卒業まで亡くなった叔父の所にお世話になりました。

叔父の所にお世話になったのは、私が中学3年生の時に母も亡くなってしまったからです。

以前住んでいましたし、九州が好きだったので、叔父の所へ一人で来ることに対して、そんなに不安はありませんでした。

叔父のところには中学を出て住み込みで看護学校へ通う数人の女の子もいましたし、叔母の姪も母親が再婚したため預けられていました。

叔母の姪と同室で暮らしましたが、1才年上のその子が、優しくていい子だったおかげで、喧嘩することもありませんでした。

ただ、当時は叔母の両親も一緒に暮らしていて、その子の祖母祖父がいるわけですから、うらやましいと思うことはありました。

叔母の祖父が優しい人で、私もその子と一緒に可愛がってもらいました。

今思えば、多様な人間関係がある面白い家でした。

家族という位置でもなく、住み込みで働く人でもない、自分のスタンスをどこに置いたらいいのか分からないけれど、15才~18才の女の子が5~6人いるわけですから、それなりに楽しいこともたくさんありました。

叔父と2人であまり話すことはなかったのですが、ある時「お前を可愛くないわけじゃないんだ。父さんに会いたかったら自分(叔父)を見ればいい」と言ってくれたことがありました。

息子たちにも結構厳しくしてましたし、自分の身内である私にも、厳しくしなければと思っていたようです。

もう、50年も昔の話ですからね~~。

この叔父がいてくれたおかげで、私の今があるのだと思います。

ありがとうございます。

叔父に、この曲を贈ります。

さよならの向う側


イトコ(叔父の息子)が、こう言ってました。「オヤジは人の悪口を言わない人だった」イトコは、きっと叔父が大好きだったんですね。

「そして、最後まで弱音を吐かなかった」と言ってました。

叔父が亡くなった時に誰も側にいなかったことを家族は嘆いていましたが、きっと叔父は皆を嘆き悲しませないために一人でそっと逝ったんだと思います。

※個室と深夜だったこともあり、看護師さんが気づいた時には息を引き取っていたそうです。

叔父さん、カッコイイね。私も叔父さんのこと大好きだったよ

ありがとうございました。














2015年5月 5日 (火)

ゆっくりと

昨夜から来て泊まっているマゴッチ妹が、ジジとお昼寝中です。

ランチも食べないで、もう2時間近く寝ている2人ですが、ゆっくり寝させておきましょう。

昨日は畑にニンジンの種をまきましたが、3つ隣の畑のおじさんから興味深気に「何を植えたんですか」とたずねられました。

「ニンジンを植えました」と答えると、「桑にもいっぱい実がなっていて、個性的な畑ですな~」と言いながら離れていきました。

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後で彼の畑を見せていただくと「いや~、肥料を入れる場所がないんですわ」という通り、隙間なく効率よく植えられた作物がいっぱい!お見事というしかないね。

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うちの畑は果樹園(勝手にそう呼んでいる)があるし、耕したところには全部ニンジンを蒔いたし、彼からすれば「アン ビリ~バブル」でしかないだろうさ~。


ピンクのオキザリスや、黄色いベンケイソウが生えてて、桑とブルーベリーの樹の間を風が通っていくのを見るのが好きなんです。

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昔から欲しかった家の裏にある果樹園が、
ほんのちょっとのスペースだけど、そこにはあるのです。

果樹園が欲しいと思ったのは、昔読んだ赤毛のアンの影響だと思います。

4階のベランダからは、輝く湖水も見えるし、家の果樹園も眺められて、豊かな暮らしに感謝です。(^_^;)

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    家の間の柵に囲まれているところに池があります。

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空が広く見れることは、4階に住んでいる喜びの一つですが、今日はもう一つ楽しめることに気がつきました。

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日によって空港へ着陸する飛行機がマンションの上空を飛びますので、脚が出るのも肉眼で見れたりするのです。

 ベランダから見ると後ろ姿が、玄関から見ると正面が見れますし、空港へ着陸する寸前まで見れるのも楽しいです。

もう慣れてしまって、あまり空を見ませんが、こうして意識して見ると様々な種類の飛行機が家に居ながらにして見られることに気づきました。

街から近いところにある福岡空港ならではの景色で、飛行機マニアなら垂涎のことかもしれませんね。

それにしても、着陸する数の多いことといったら!連休だからでしょうか?


5月の満月 ウエサク祭

2009年5月に、名古屋の友人と佐賀の友人3人で鞍馬山のウエサク祭に参加しました。

名古屋の友人とは行く約束を2年前にしていたのですが、それ以来連絡を取り合ってなかったのです。

いきなり「約束通りに、京都駅に今来てるよ~」と電話がありました。

「約束してたから行ってきます!」と夫に告げて、新幹線に飛び乗りましたが、鞍馬寺に到着したのは22時過ぎでしたので、1部は終了していました。

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予定ではもっと遅い時間から始まると聞いていた3部の護摩焚きが、意外と早く始まってそれが終わった後、深夜の鞍馬山をゴソゴソと徘徊しました。

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魔王殿というところにはサナート・クマラという金星から来られた宇宙神が祀られていて、驚いたことに、その暗闇の中で、2年前の八十八ヶ所を一緒に巡った方と再開したのです!

岸和田に住むその方も驚いていましたが、急に行こうという話になって、友人と10時頃に岸和田を出発して来られたそうです。

夜中(2時~3時)に山中をウロウロする体験は初めてでしたが、結構人が多いことや同行したのが男性二人だったこともあり、怖さとかは少しも感じませんでした。

怖くはなかったんだけど、5月とはいえ山の中は寒かったぁ!(^_^;)

そして、休ませていただくために寺院の中へ入って行くと、どの部屋も人でいっぱい、ストーブがついている畳の部屋へ入る隙間は全くありません。

しかたがないので、廊下の片隅で横になり、私は同行者の間にサンドイッチみたいに挟んでいただきましたが、床からの冷たさで眠ることが出来ません。

挟んでくださった方々からはスースーと寝息が聞こえましたから、眠れることが出来たのでしょう。たくましか~。

現在は、このお祭りも集約されているそうで、8時頃から始まり10時頃に終了するそうです。

毎年、参加者が増え続けお寺として責任が持てなくなってきたため、宿泊は現在できなくなったそうなので、鞍馬山で泊まれたのは貴重な体験となりました。

Dsc06425_p  本殿金堂前のパワースポットの三角の所に立てば、パワーがスポット抜けるのかも??



明るくなってから山を下り、くらま温泉に入ってから解散する予定でしたが、くらまのカメさんと遭遇したので、温泉の後に彼のお寺へ寄らせていただきました。

現在は、本堂の天井にサイトウサトルさんが描いた龍の絵がありますが、その頃はまだありません。

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6年前のことですが、すごく前の事のようで、ついこの間のような気がします。

屋台などの出店があるわけでもなく、人出は多いけれど騒がしさはなく、月明かりと灯明のみの暗さが独特の雰囲気を醸し出していて、他にはないお祭りでした。

今年は3日に開催されたようですが、きっと多くの人が参加されたことでしょう。

2015年5月 2日 (土)

碧い空に

9時2分発のソニックに乗るために博多駅に行くと、駅はカラフルな格好のゴールデンウィークの旅行客で、あふれていました。

外国の言葉が行き交っていて、ここ博多駅だよねと確認したくなるような気分になりながら、キラキラと楽しそうな人混みの中を喪服姿で歩く私がいました。


同級生たちと一緒に席に座ると間もなくご導師が入場され、横に座っていたお坊さんが
シンバルみたいな仏具を鳴らして式が始まりました。
司会の説明では禅宗で本山が永平寺でしたから、宗派は曹洞宗ですね。

調べてみたら※鐃祓というものでした。ソウハチとも言うようです。

※鐃祓
(にょうはち)祓はフォントにないので代用です。示ヘンではなく金ヘンです。
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「泣かないでおこうね」と言う隣の席のMちゃんの目からは大粒の涙がこぼれています。「泣いてもいいよ」と告げると彼女は小さく頷きました。

般若心経だけは覚えているので、一緒に唱えさせていただきました。
もちろん、声は出していませんが、Mちゃんも唱えていたのが分かりました。

同期会の幹事仲間で、リーダー的存在のSくんは4年間ガンと付き合いましたが、30日にその付き合いは終わりました。きっと楽になったことと思います。

入院した時に私達が行くと喜んでくれて、元気な姿で対応してくれます。
本当に病気と思うくらいの時もあり、一度もベッドに寝たきりの姿は見せませんでした。

22日は「ランチ会をしよう」という彼の呼びかけで集まりましたが、実は余命宣告1週間くらいと告げられていたそうです。

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「次は、マックシェイクの会をリクエストするよ」とMちゃんにメールを送ってきて、それがSくん人生最後のメールになってしまいました。

彼が最後を迎えたのは、和室も付いてホテルのような個室(上の写真)

出棺する前に奥さんが挨拶されて「夫は幸せな人生だったと思います」と話されたのを聞いて、そうだったろうな~と私も思いました。

資産家の息子として生まれ、子供3人と孫5人に恵まれ、仕事より、どちらかといえば、家族や友人と生きた人でした。
穏やかな性格で、町内の世話役もよく務めていましたね。

随分前になりますが、Mちゃんから電話が来て「見て見て、くんちゃんがテレビに出てる」というので、見ると彼が黒崎祇園の世話役をしている所がテレビで放映されていました。

真っ黒に日焼けして嬉しそうな笑顔のくんちゃん、ハッピに締め込み姿が忘れられません。

きっと碧い空に自由な※白い煙になって登っていったんだろうね。
※今どき煙は出ないのかもしれませんが。


お昼を友人たちと食べている時にMちゃんが「とうとう何も飲んでないのは、まりちゃんだけよ」と言い出しました。
つまり薬をやっていないのは、私だけということらしい。

血圧の薬が一番多いようで、みなさん何かしら飲んでいるみたいですが、私は若いころ低血圧気味でしたので、今はそんなに高くないのです。

2ヶ月以上ニンジンリンゴジュースは飲んでいますし、食も減らしています。
そのことを少し話しました。

昨日は1食でしたが、今日はお付き合いもあって2食になりました。
明日調整しようと思っています。こんな風に、なんちゃってでやらないと長続き出来ませんからね。

食事の後、Kくんに折尾駅まで送ってもらい電車で博多駅へ戻りました。
阪急デパートの地下で少しお買い物をしてからバスで家へ戻りましたとさ。

明日から『どんたく』が始まりますので、街なかへ行かないで家でゴロゴロする予定です。

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5月1日

5月1日も残り7分となりましたが、今日から始めたことがあります。

 

それは、一日一食をいよいよスタートしたということ。

 

2月23日からは、ニンジンリンゴジュースの朝ごはんになりましたが、ご飯は2食でした。

 

すこ~しずつ体重は落ちてきましたが、私には2食は多いようだと思います。

 

そこで、きりのいい1日からのスタートです。

 

すでに7年くらい前から一日一食をスタートしている高島亮さんからの祝福の言葉。

 

わー♪ おめでとうございまーすo(^▽^)o ええで〜♪一食は(^-^)/

 

一食にすると、ごはんがありがたくおいしくなるのはもちろん、ハツラツとしてきます(^^)

 

これが、一食即ハツラツ(^o^)/

 

日本が一食に染まる日が、来るかな〜?(^^)

 

夜はフリーなので、何でも食べていいんです(^^)

 

何でも一緒くたでOK〜(^-^)/

 

以上

 


そういえば、おざりんも一日一食始めてるそうですし、周りにそういう方が増殖中なのよ。

 

ここから、5月2日になりました。


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